2010年2月23日火曜日
世宗実録 地理志
「于山武陵二島在縣正東海中」と言うが、以下の説明は、1島の説明になっている。すると、先に掲げた「于山島」に対する説明が為されていると解するべきである。
「二島相去不遠」と言う。半島と鬱陵島、鬱陵島とリャンコ島を「二島相去不遠」と表現することはできない。「二島」は、一島と見間違うほどに「相去不遠」と解するべきである。
「風日淸明則可望見」と言う。「二島」は「相去不遠」と読んだのであるから、その流れで、「二島」は「風日淸明則可望見」と読むべきである。即ち、「二島は半島から見える」と解さねばならない。
麟雨言 “土地沃饒、竹大如柱、鼠大如猫、桃核大於升。他物稱是。”と言う。しかし、李氏実録にかかる記述が存しない。不可解である。
1454-世相実録地理志 / 江原道 / 三陟都護府/(蔚珍縣)
于山、武陵二島在縣正東海中。
于山と武陵の2島が県の正東海中にある。
二島相去不遠、風日淸明、則可望見。
2島がお互いに距離が遠くなくて、天気が晴れれば優に眺めることができる.
新羅時、稱于山國、一云鬱陵島。
新羅の時に于山国、または鬱陵島と言った。
地方百里、恃險不服
智證王十二年、異斯夫爲何瑟羅州軍主 謂于山人愚悍、難以威來、難以威來、可以計服、乃多以木造猛獸、分載戰?抵其國、誑之曰 “汝若不服、則?放此獸。” 國人懼來降。
地方が百里あり、〈人々が地勢の)険しさを信じて従わないので
智証王12年に、異斯夫が何瑟羅州軍主になったとき、「于山国人々は愚かで荒しくて、威厳では服従させにくいから、計略を以って従わせるのが良い」と言って、木造りの荒しいけだものをたくさん作り、多くの戦船に分けて積んでその国へ行き、欺いて言う「君たちが降伏しなければ、この荒しい獣放すぞ」、そうしたら、その国人々が恐ろしがって来て降伏した。
高麗太祖十三年、其島人使白吉土豆獻方物。
毅宗十三年、審察使金柔立等回來告
島中有泰山、從山項向東行至海一萬餘歩、向西行一萬三千餘歩、向南行一萬五千餘歩、向北行八千餘歩、
有村落基址七所。
或有石佛像鐵鍾石塔。 多生柴胡蒿本石南草。
高麗太祖(太祖) 13年に、その島人々が白吉土豆に方物を献納するようにした.
毅宗13年に審察使、金柔立などが帰って来て告げるのを、
島の中大きい山がある。
山頂から洞方へ海に至る1万歩。西方へ行く1万3千歩。南に行く1万5千歩。北に行く8千歩。
里の敷地が 7ヶ所がある。
たまに石仏・像鐵鍾・石塔がある。柴胡・蒿本・石南草などがたくさん採れる。
我太祖時、聞流民逃入其島者甚多、再命三陟人金麟雨、爲按撫使、刷出空其地。
私たちの太祖時、遊離する民がその島で逃げて入って行く者が甚だしく多いと言うことを聞いて、三陟人金麟雨に再命して、安撫使にして人々を刷出してその地を留守にするようにした。
麟雨言 “土地沃饒、竹大如柱、鼠大如猫、桃核大於升。他物稱是。”
麟雨が言うには、「地が肥えている。竹の大きさが柱みたいであり、鼠の大きさが猫みたいで、桃が升のように大きい。皆品物がこれと同じだ。」
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